~樹液pH・カリ・硝酸態チッソと、病気~
生育状態の次は、病害虫の発生を予測したい
以前、糖度計(ブリックス計)による作物の生育診断の方法を紹介したところ、全国各地・各層の方々から多くの反響と問合せをいただきました。作物の生育状態を勘ではなく、数値で把握・判断できる点が関心をよんだのでしょう。
しかし、生育状態と生育予測はできても、病害虫の発生予測まではできませんでした。糖度計診断に取り組んでいる茨城県波崎町の安藤照夫さんからも「ピーマンの生育状態はよくわかるようになったけれども、今度は病気の発生が的確に予測できる診断方法を考えてくれ!」といわれました。安藤さんは糖度計診断の記事に登場している研究熱心なピーマン・ミニトマト生産者です。役職も多く、大変多忙な状況にありことから「病気の発生が、糖度計診断のときのように、簡単に数値で判断できれば」という要望がうまれたのです。
この難しい依頼がきっかけとなって、安藤さんが所属する「波崎町ピーマン栽培研究会」(会長・原秀吉さん)の研究心旺盛なメンバーの方々と施行錯誤しながら新たに研究開発したのが「樹液pH診断法」です。
樹液pH診断法は、作物からとった汁液のpHを計測することで、病害虫や生理障害の発生・生育進行状態などが予測できる方法です。まだ研究段階ですが一般作物での基本的な見方を紹介いたします。
pH5.5以上は病気が出にくく、以下だと出やすい
樹液pH診断法の具体的な手順は次ページのとおりです。作物の樹液をpHメータで計るだけなので簡単です。病気が出やすいかどうかの目安は、多くの作物において、pH5.5とみてよいようです。
5.5より低いと栄養生長で、徒長し、病害虫が発生しやすい生育をしています。逆に、5.5より高いと生殖生長で病害虫は少なく順調な生育に向かっていると判断しあmす。しかし、高すぎると芯止まり・生育停滞・老化等の問題が発生します。
ただし、この適正値も作物によってもう少し細かくわかれます。
▼未熟果収穫作物・葉菜類・根菜類はpH5.5前後で
ナス・ピーマン・シシトウ・キュウリ等、未熟果を収穫する作物は、5.3~5.6の間がよいようです。
6.0近くに上がると、病害虫が減って食味もよくなるのですが、生殖生長が強すぎて花が短花柱花となり、生育は鈍り収穫減のパターンとなります。反対に、樹液pHが5.0以下だと病害虫が発生しやすくなり、着果不良や奇形果が増えます。
なお、葉菜類・根菜類は、生育前期は5.4前後で、結球期・根部肥大期には少しpHが上がると、品質・棚もちがよくなります。
▼完熟果収穫作物はpH5.5~6.0
逆に、完熟果を収穫するトマト・パプリカ・メロン・スイカ・カボチャ・イチゴ等の樹液はpH5.5~6.0と若干高めのほうがよいようです。
5.5以下は生育が軟弱徒長傾向になり、病害虫だけでなく、着果不良・発酵果・尻腐れ果・奇形果等も発生しやすくなります。反対に、6.0以上だと芯止まりになり、果実肥大は緩慢になりますが、内部品質はあがります。
樹液pHが変化する要因は硝酸態チッソとカリウム
そもそも、なぜ樹液pHの変化で病気の発生が予測できるのでしょうか。
それには、同化されないまま植物体内に蓄積されている硝酸態チッソと、植物体内で水溶性となっているカリウムの含有量とが関係しています。これらの含量は、これまで行ってきた体内養分分析法によって計測できるのですが、樹液pHの値と連動していることがわかりました。
つまり、樹液pHの値を下げるのは硝酸態チッソ、上げるのはカリで、pHが低くて「酸性体質」だと硝酸態チッソが多く、カリが少なくて、病気も出やすい傾向にあります。
逆に、pHが高くて「アルカリ体質」だと硝酸態チッソが少なくカリウムが多く、病気も出にくいようです。(なお、体内のリン酸とカルシウム、マグネシウム等の微量要素の多少は、pHにほとんど影響を与えないようです。)
硝酸態チッソが多いとpHが低く、病気が出やすい
硝酸態チッソが多いと病気が出やいのは、根傷みがおこっているからです。肥料過多による濃度障害、水分の過不足、高温・低温障害、ガス害、不良苗で細根不足・・・等々、様々な要因から根傷みして根の発育にストレスがかかると、毛細根の先端で吸収するリン酸・カリ・微量要素の吸収が減退し、浸透圧でチッソ(硝酸)だけが吸収されます。微量要素(特にモリブデン)が吸収不足になると、体内の硝酸態チッソの同化力が衰え、体内に蓄積されてゆき、ますます根傷みをおこして病気にかかりやすくなるのです。
カリウムが少ないと樹液pHが低く、病気が出やすい
もう一つ、pHとカリウムの数値が変化する要因ですが、次の3点が考えられます。
①根傷みすると、体内のカリウム等が根からリーチング(溶脱)し、体内濃度が低下する。
②開花・果実肥大期には、体内のカリウムが花・果実に大量に転流し、体内濃度が低下する。
③徒長すると生長点近辺にカリウムが転流し、体内濃度が低下する。
よくドカ成りの後に、なり疲れ現象が現れて、病害虫が蔓延することが多くあります。これは、②の現象が一気にすすんだために、体内のカリウム濃度が減って樹液pHが低下して酸性体質になり、細胞の新陳代謝が低下することにより発生するようです。
カリウムは養分の流れをよくする「運び屋」と呼ばれており、新陳代謝を活発にさせます。光合成には使われない成分なので重要視されないことも多いのですが、常に変化するカリウム濃度は体内の状態をよく表す重要な指標ちなります。
「花咲か爺さん」のサクラもカリ不足だった!?
昔話の「花咲か爺さん」は「枯れ木に灰を振り掛けたら花が咲いた」という話です。枯れ木に花が咲くことはありませんが、「栄養生長がすすんで花が咲かなかったサクラ、つまり樹液pHが低いサクラにカリウムの多い灰を与えることで花が咲くようになる」ということを示唆しています。
カリウムを吸収したサクラは体内のpHが上がり生殖生長となって、花が咲いたのだと推測できます。
昔話とて、樹液pHの観点から理論的に立証できるものと思います。
樹液pHを上げて、キュウリ・トマトの葉先枯れ予防
ですから、なり疲れ防止・病気予防体質を作るには、開花期より果実肥大期を通して体内のpH低下を防ぐためにカリを葉面散布するなど、樹液pHをコントロールすることで病気の出にくい樹体を作ることができます。対策として、当方で開発してきた樹液pHをコントロールできる資材を用いた方法を挙げました。
たとえば、キュウリやトマトによく見られる葉先枯れの症状は、着果負担がかかった時やなり疲れ時に多発します。果実や徒長部分にカリウムが優先的に取られてしまい、体内カリウム濃度が低下して、pHが低下したのが原因なので、樹液pHを上げれば防げます。
気孔の開閉は、根で作るサイトカイニンという植物ホルモンとカリウムが調整しているのですが、体内のカリウム濃度が低下すると、葉の細胞の温度が上がっても気孔が開かなくなります。人間の汗のように、気孔から水分を蒸散させて体温調整することができなくなり、細胞温度が上昇して熱中症が起き、細胞が壊死するのです。
そこで、体内pHを高めに維持する「アフレッシュ」や、体内pHの低いものをすみやかに高める「PKアップ」の混合液を葉面散布します。
メロン、スイカの収穫3日前に樹液pHを上げれば糖度アップに
樹液pHと硝酸態チッソの関係がわかれば、糖度向上の技術にも応用できます。
メロン・スイカ等は、露地で自然に育てると、初秋に葉色が減退して登熟(糖度が上昇)します。この時、体内では樹液pHが上がって、根からの水分とチッソの吸収が抑制され、体内に蓄積した同化養分を子孫(種子・果肉)に送り込むステージになっています。
そこで、葉面散布で同じような状態に仕上げます。収穫の約1週間前に、硝酸同化作用を促進させる「シャングー」で体内の硝酸態チッソを同化させ、収穫2~3日前に「イオン強化カルシウム」を葉面散布して体内pHを上げます。すると、秋が来たと錯覚して遊び蔓が落ち、葉色が急激に黄化します。葉の黄化は、葉と茎に蓄積した同化養分を果実に転流しはじめた証しです。
なお、「イオン強化カルシウム」 による樹液pHの向上は、生育肥大を停止させるので、生育最終期の糖度調整だけに限ります。通常販売されているカルシウム剤では樹液pHの向上は難しいです。
この他にも樹液pHの調整法を様々な症状別に図にまとめました。
今回紹介した樹液pH診断法に加えて、従来の糖度計診断法や体内養分分析法を組み合わせることで、作物の生育状態がより鮮明に見えます。植物の体内で何が起きているのかがわかるようになり、余計な管理作業や余分な資材の使用を省くこともできます。ぜひ樹液pH診断法を試してください。そして、新しい見解・発見がありましたら教えてください。
樹液pH診断法のやり方
①畑全体の平均値を出すように、診断する樹を5~6株選ぶ
②生長点より5~6葉下にある活動葉を採る
③ニンニク搾り(調理に使用するもので金物屋にて入手)で搾汁し、その樹液をpHメータで計る
pHとは、水溶液中の水素イオン濃度を表す単位で、pH診断法では樹液中の水素イオン濃度を計測していることになります。pH7以上がアルカリ性、pH7以下が酸性で、pHが0.3下がると水素イオン濃度は3倍、pHが1.0下がると水素イオン濃度は10倍に増えます。
このようにpHが0.1違うと水素イオン濃度も大きく異なって生育診断も狂うので、正確に計測しなければなりません。そのためpHの計測は、pH4.5~7.0を0.1単位で正確に計測できる器具を使います。測定する際は必ずpHメーターの狂いの修正を行って正確を期して下さい。
ニンニク搾り器の例